【第3弾】村上優一さま(聞き手:曽根原和花)


小友町にお住まいの村上優一さん(写真:ご自宅にてインタビューを受ける様子)

村上さんには、2016年に桜を植樹するための土地を提供していただきました。

タコ漁師さんで、タコの最盛期(6~8月)は朝3時に漁に出て10時過ぎに帰宅する生活を送っているそうです。

 

― 回りまわった出会い ―

伊勢さん(桜ライン311スタッフ)との出会いが、植樹地を提供するきっかけになりました。知り合いのカメラマンから桜ライン311の旧スタッフを紹介され、その後、伊勢さんとつながりました。回りまわった出会いが桜ライン311の存在を知るきっかけになりました。

提供した土地は、震災前は野菜を育てていましたが、震災で津波を被ってしまった場所なんです。その後は手入れをしておらず空いている土地だったので、ぜひ活用していただきたいと思い、提供しました。現在は、シダレザクラなど8本の桜が植えてあります。

土地を提供したことで、桜の成長を見守る楽しみができました。桜は手入れをしなければ枯れてしまうので、いつ花を咲かせるのかを想像しながら、時々草刈りをしながら、桜の成長を見守っています。

また、桜ライン311の桜が植えてあるということは、津波の到達地点を意味しています。再び津波が起きた時に避難するための目印ができ、日常的に避難することを意識するようになりました。

「よくやるな~」というのが桜ライン311の第一印象でした。特に伊勢さんは、女の子なのに足袋を履いて草刈りをしてくれるので、本当によくやるなと思っています。桜を植えた後も草刈をしに来てくれたり、常に気にかけてくれていることが嬉しいです。私が知らない間に薬を撒いていたり、手を出しにくい藪の中に入って草刈りをしている姿には感心します。付き合いが長くなってきているので、何か頼まれたら必ず応援したいと思っています。

桜が咲いたら近所の人たちを集めて花見がしたいですね。いずれ花見ができる時が早く来てくれることを心待ちにしています。

 

2017年の春には、伊勢さんと一緒に「土地を提供して欲しい」と、近所の人たちに呼び掛けに行きました。理由は、地元の人間でないと交渉が難しい部分もあると思ったからです。10軒ほどに交渉し、新たに土地を提供してくれた人もいましたが、中には理解を得られない人もいました。

桜ライン311の活動には、もっと地元住民の理解が必要だと思います。高田で活動していく以上は地元の人の理解が欠かせないので、地元住民の協力が必要だと感じました。私も、体が動くまでは協力していきます。

 

― 出会いを重ねながら、前へ ―

津波によって奪われた町が、瓦礫で埋まり、何もなくなり、土台だけになった光景が忘れられません。あの時を思い出すと今でも涙が出てきます。

震災直後は気が滅入ってしまい、他所から来てくれる人たちに頼らなければ生きていられませんでした。ボランティアに来てくれた方々と話したことで元気をもらい、若い人達と話すことでパワーをもらいました。新たな出会いを重ねていく中で、一歩ずつ前に進むことができました。今では、進んで人と会うようになりました。こうしていられるのも、当時助けてくれた方がいたからです。

その方々との交流を継続してきたことで、様々な人と知り合い、紹介され、つながり、回りまわってまた新たに出会い、今度は私が、と、ボランティア活動に参加するようになりました。高田にある養護施設の子供20人を集めて、海岸でバーベキューをしています。東京のボランティアチームが企画したもので、もう3年も続いているのですが、私は食材として帆立やホヤの準備をしたり、船を出したりしています。子供達が私の船に乗ることを毎回とても楽しみにしているので、私も楽しく参加しています。

 

― これからの高田への想い ―

昔から高田の人々のつながりは強いのですが、震災を機に何十年もかけて信頼関係を築いてきた部落のみんなが散り散りになり、すぐに会いに行ける距離には居なくなってしまいました。震災から生活のすべてが変わりました。当初は新たに関係を築いていく事に戸惑っていましたが、7年経ってようやく形になってきました。

高田のいい所は、海・川・山があり、自然が多いところです。

これからの陸前高田市は、働く場がないために若い世代が地元に残れない状況になっています。現市長とは友人なので、会う度に「働く場を増やして欲しい」と話しています。

また、部落に高齢者が多く、夜中に徘徊する方もいて危険なので、自宅を訪問して安否確認をするサービスを作りたいと考えています。

 

― 皆様へのメッセージ ―

東北の人は多くを語りません。今は、家や物が揃ってきて復興してきていると思われていますが、皆が心のどこかでまだ「ザワザワ」したり「さみしい」という思いがあります。元に戻りたくても戻れません。今までは何でも話せた友人が震災後に居なくなってしまいました。今でも精神的な支えを必要としてるんだと思います。なので、これからも東北を応援してください。

そして、少しずつでいいから、桜ライン311の力になってあげて欲しいです。

私も、できる限りのことはしていきます。

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