【第1弾】泰島梨沙さま(聞き手:曽根原和花)


大阪府堺市にお住まいの泰島梨沙さん(写真:草刈り作業中の様子)

― 陸前高田に引き寄せられた ―

今振り返っても不思議な始まりなのですが、2011年の夏、急に目が覚めて偶然テレビを付けたら、NHKで「東北 夏祭り~鎮魂と絆と~」という番組が放送されていました。そこで、陸前高田市の「うごく七夕」に一瞬で心が奪われ、最後まで夢中になりながら見ていました。そのままの勢いで、テレビに出ていた大石公民館に直接手紙を送りました。テレビを見て手紙を出したのは初めてだったので、自分でも驚きました。
その後、大石七夕祭組の斉藤正彦さんがお返事をくださり、Facebookを交換しました。陸前高田に行ってみたいとの思いはずっとあったのですが、当時はまだ子供が小さく子育てに追われていたこともあり、斉藤さんと何度か連絡は取っていたものの、ここ数年はしばらく連絡を取れていませんでした。

2018年3月11日に久しぶりにメールを送ってから、高田に行きたいという思いが強まり、子供を家族に見てもらい、ラーメン屋にも1人で行けなかった私が、4月に1人で向かっていました。高田の第一印象は「町が一面茶色で何もなく砂埃がすごい」でした。
その際、斉藤さんと同級生の矢作さん(桜ライン311スタッフ)も一緒に市内を案内してくれました。桜ライン311が植えた桜を紹介していただきながら、活動内容を聞いたのが最初でした。話を聞いて共感したので寄附をし、草刈りボランティアを募集していると知ったので、必ず高田に戻ってくることを誓い大阪に帰りました。

高田の訪問は、現在の状況を自分の目で見て感じたことで、災害に向き合い、生活を見直す大きなきっかけになりました。

2ヶ月後、草刈りボランティアに参加するため、再び高田に。
直前に大阪で大きな地震があったので行こうか迷ったのですが、逆にこんな時だからこそ高田に行き、吸収できることがあると思い向かいました。実際に草刈りをしてみて、毎日やりたいくらい楽しくて、スタッフや高田の人の温かさに触れ、時に方言や訛りに苦労しながら、植樹に至るまでの背景を想像しました。

― 桜ライン311との出会いが私を変えてくれた ―

最初の高田訪問後、大阪の中学2年生の子に私の体験を話したところ、「東日本大震災の事はYouTubeで見たことがあるくらい」と言われ衝撃を受け、こうやってどんどんと震災が風化されていくのだという現実に直面し、怖くなりました。
高田での経験から防災強化の必要性を実感したので、子供達に知って欲しいという一心で、直接学校に話しに行きました。今の防災訓練は毎回同じことの繰り返しで、改めて防災意識を高めるといった事が薄れてきているように感じます。
このままでは、子供達には響きません。子供達はリアルを知らなければいけません。私も高田を訪れたから言えるけど、災害の恐ろしさを肌で感じているのといないのとでは全く違うので、よりリアルに災害を感じて欲しいと思います。

桜ライン311の活動については、初めはただ率直に「すごいな」と思っていました。しかし、スタッフの方々と関わっていく中で、災害時にどこへ逃げるかと言われたら答えられないことに気付き、地域の人と防災について話していきたいと思うようになりました。
そこで、まずは自分が今できる事を、と思い、私がPTAをしている学校の先生・スクールソーシャルワーカーさんや、校区自主防災訓練隊長をされている方にお話をしに行きました。

「南海トラフ地震が発生すると、この地域だけでも2,000人が被害に合うとされている。自分たちの住んでいる地域全体で防災・減災に取り組むべき。子供達も災害の恐ろしさを知るべきだし、地域の人や親が一緒に取り組める防災・減災につなげたい。
私は陸前高田に行き、桜ライン311に出会い、自然災害は決して他人事でなく、自分や自分の大切な人にも起こるかも知れないと強く思った。だからこそ、経験した人から話を聞いて、想像ではなくリアルに感じ取り、自分や自分の大切な人を守れる地域にしたいので、お力添えいただけないか」という内容です。

― これから支援を考えている人へ ―

とりあえず陸前高田に行ってみて下さい。私は心が動かされ、考え方も変わり、見える世界が変わりました。皆さんにも同じ体験をして欲しいです。私は支援している側ではなく、助けてもらった側だと思っています。「桜ライン311を支援している人に私は当てはまらない」と言い切れるくらい、こちらが感謝してもしきれないんです。

東日本大震災発生時、大阪にいた私は仕事中で、東北の被害の大きさに気付きませんでした。仕事終わりに東北がすごい事になっていると聞き、帰ってテレビをつけたら津波の映像が飛び込んできました。想像もできない程の災害が起こった事は分かっていても、自分の住んでいる街にも起こるとは思えませんでした。その考えを改め、「自分ごと」としていかなければいけないと思ったのも、高田に行ってからでした。更に、桜ライン311との出会いが私の考えを変えてくれました。

未だに、東日本大震災とは何だったんだろう、なぜそんな事が起きたんだろう、と考えてしまいます。 それすら自分自身で分かっていないのに、高田に行った経験を話すことも、自分が地域の防災のために行動するのも無責任になるような気がして、でも行動しないのも無責任になるような気がしてたまりません。
大阪北地震があった時も、全く身動きが取れずに何もできませんでした。心だけは東日本大震災の時の気持ちを覚えていて、体感していない私でもとても苦しくなりました。私以上に心が苦しくなった方はたくさんいるはずです。私はそんな人に寄り添えるようになりたいし、辛い思いをする人が少しでも減るように、自分の周りの防災・減災に取り組みたいと思っています。

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